<< 準々決勝ダイジェスト | main | 準決勝:渡辺 雄也 vs 睛 功司 >>

スポンサーサイト

  • 2008.05.10 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


主催者インタビュー:中嶋 智哉

By Daisuke Kawasaki

中嶋100名を超える大盛況でおこなわれたPWC Finalsが終了し、そして、一年間のPWCの戦いをふまえた最強を決める「ミスターPWC」決定のシングルエルミネーションが始まった。

このトップ8の戦いにも、多くの観客がつき、非常に「興業としてみても」盛り上がっている。

果たして、これだけの大会を運営し続けている中嶋 智哉とはどのような人物なのだろうか?

ここでは、準々決勝がおこなわれている時間を利用して、主催者へのインタビューをおこなったみた。




中嶋 「あーやって負けて、悔しがっている姿を見ると、なんかおかしな話ですけど、うれしいですよね」

準々決勝で、睛に敗北した相澤は、いかに自分が「ミスターPWC」のタイトルにかけていたのかを、そして、負けてどれだけ悔しいのかを賞品を渡しににきた中嶋にむかって語った。そんな相澤の姿を、目を細めてみる中嶋がいる。

そして、インタビュー中に、有留に負け、賞品を受け取りにきた中村もまた、中嶋に、負けた悔しさとタイトルへの思いを語った。

負けた人間にたいしては不謹慎かもしれないが、しかし、中嶋にとって、そういった場を提供できると言うことが、そして、その場を大事に思ってくれるプレイヤーが集まってくれているということが、喜びなのだという。


中嶋 「年間30回ちょっとくらいですかね。基本的には神奈川と東京で開催しています」
PWCは現在、横浜・東神奈川・新宿の三カ所を中心に、多くの場所で開催される、草の根のブランドとでも言える大会となった。

これだけの大会を運営していくのも大変なのではないかと思うのだが、その秘訣を尋ねてみた。

中嶋 「やはり、第一にスタッフに恵まれた事ですね。昔は100人規模の大会を2人でまわしたりっていうこともあったんで、その頃から考えると今は天国ですよ。本当に今のスタッフに巡り会えて、ラッキーでした」

これまでPWCを続けてこれたのも、スタッフの力が大きいと語る中嶋。

中嶋は、スタッフの優秀さの例として笑いながらこういった。

中嶋 「なんせ、主催者が遅刻してきても、大会開催の準備が終わってるくらいですから」


中嶋智哉そんな中嶋に、PWCをはじめたきっかけを尋ねてみた。

中嶋 「秋田県の出身なんですけど、秋田県ってまったくイベントがないんですよ。二ヶ月に一回のイベントにでるために、車で1時間とかかけて…っていう」

中嶋が、自身がイベントを始めたきっかけは、地元でイベントがなかったことにたいして、何かはじめようという思いだったという。

当時、ちょうど高校の受験生だった中嶋は、大学に合格し、東京に出てきてからも、最初は秋田でイベントを開催していたという。

中嶋 「最初におこなった認定大会は、140人も集まって、大盛況だったんですけど、なにせ秋田には認定大会がなかったんで…新規登録者が80人もいたんですよね」

マナメンバーシップ登録カードは、25枚で一束となっている。最初、DCIJから送られてきたのは、一束。それでも足りないからといって、2束追加したが、それでも足りなかったという。

今では、関東の草の根トーナメントを支える屋台骨となっているPWCではあるが、その最初は、中嶋自身のトーナメントへの欲求からはじまったのだ。




最後に中嶋から、このBlogを読んでいる人へのメッセージをいただいた。

中嶋 「もし、地方でトーナメントがないと思う方がいたら、まずは行動してみましょう。最初は交流会ていどのイベントでいいので、イベントを開いてみましょう。行動をしないと、なにも始まらないのですから」

スポンサーサイト

  • 2008.05.10 Saturday
  • -
  • 21:12
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

この記事のトラックバックURL
トラックバック
Whisper Card Search
Search This Site.
Selected Entries
Categories
Links
Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
Others
Sponsored Links
Powered
無料ブログ作成サービス JUGEM